2007年6月5日火曜日

トルコの地下鉄(イズミール)

(3)イズミール
イズミールは古くはローマ時代にはエーゲ海の中心都市として大いに繁栄しました。しかしその後は度重なる外敵の侵入や地震などによって、何度となく街は大きく破壊されました。最近では第一次世界大戦後のギリシャとの戦争でここが激戦地となり、街は破壊しつくされました。しかしそこから完全に復興したイズミールはトルコでもっとも発展し、トルコ最大の輸出貿易港のある都市として繁栄を続けています。
イズミール地下鉄の最初の開通は2000年8月に11.5km、10駅でした。(写真)この路線は1989年に決定されたイズミール市の交通マスタープランに基づいています。この計画では、市の中心部を走る路線と、これに接続して郊外に伸びる4本の路線からなる50kmのメトロネットワークを2010年までに完成させる予定でした。計画の第一段階として、最も交通混雑の激しいイズミール湾に沿って、約9kmを建設する方針でしたが、コスト面からその建設計画は変更され、トルコ国鉄の郊外線の路線敷を賃借することにより大幅に建設費を削減して、当初とは反対方向への建設が行われました。現在開通している路線は、全長11.5km、10駅の1路線で、市中心部4.4kmは地下区間で、他は高架と地上区間となっています。2つの駅でトルコ国鉄と連絡しています。
現在は3両編成、最小運転間隔4分で運行されていて、ちょうど訪問したのが日曜日だったためか相当な混雑ぶりでした。将来は5両編成、2分間隔での運行が予定されているようです。また西の方への5.2kmの路線の延伸がすでに建設計画されていて、その一部の路線はすでに工事を開始しているようでした。
すべての駅のホームと改札口付近に、真っ赤な大きな消火器ボックスがいくつも設置されていることと、改札口には必ず警察官が監視していて不審な手荷物は中を開けて厳しくチェックをしているのが印象的でした。私は事前に日本地下鉄協会の関係者から先方の責任者に写真を撮影する許可を、トルコ語の文書でいただいていたので、それを提示して助かりましたが、とても簡単に写真撮影などはできにくい警戒の厳しい雰囲気でした。これはアンカラ、イスタンブールとはかなり違った面でした。

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