2007年6月6日水曜日

北朝鮮の都市鉄道(3)ピョンヤンの地下鉄

ピョンヤンの地下鉄

ピョンヤンの地下鉄は、当時建設中だった北京地下鉄を視察した金日成主席によって建設が指示され、1968年からソ連と中国の技術支援によって工事が開始されました。工事は、北朝鮮人民軍の人海戦術により実施されたが、囚人も投入されたといわれます。
当時の金日成主席がこの地下鉄建設には、非常に熱心で1970年の開通は、韓国ソウルの地下鉄開通(1974年)より4年も早い時期でした。その金日成主席の地下鉄建設の指導ぶりは、「地下鉄革命事績館」という博物館にすべて展示されています。
最初の千里馬(Chonglima)線(1号線)は、1973年9月から赤い星(Pulgunbyol)~烽火(Ponghwa)間7.5kmで運行を関始し、1987年4月には烽火~復興(Puhung)間約2kmが延伸開業しました。千里馬線は大同江の下を横断する計画でしたが、1971年に烽火駅でトンネル崩壌事故が起き10人以上が死亡したため、大同江トンネルの建設は断念され、ルートが変更されました。
革新(Hyoksin)線(2号線)は、1975年10月に革新~楽園(Ragwon)間で開通し、1978年には革新~光復(Kwangbok)間が延伸されました。
2路線は市内中心部で立体的に交差しているが、直接は接続しておらず、千里馬線の戦友(Chonu)駅と革新線の連勝(Chosung)駅が地下通路で連結しています。また、千里馬線と革新線の線路は結ばれておらず、車両基地(地平)はそれぞれの路線に設けられています。
この地下鉄は、秘密の地下軍事施設を結ぶ目的もあり、営業している2路線以外にも政府高官専用の秘密路線もあるといわれています。例えば終点の楽園駅からの秘密の延長路線があり、中央動物園の地下まで伸びていて、有事の際の地下シェルター広場になるとか、光明駅付近から22号招待所(将軍様専用施設)の金正日将軍専用駅までの延長地下鉄路線があるとか噂されています。
実はこの将軍様の専用駅は、グーグルアースで見ることができる。次の緯度経度を入れてみると、確かにその専用駅を上空から見える。(39 06'38.19"N, 125 47'21.02"E)

また、地下鉄そのものが核攻撃や戦争時の緊急シェルターとして機能するようにも設計されています。このため深い位置に建設されており、最も深いトンネルは地表から120m(丘陵部では150m)、また駅は22m~100mの深さ(復興駅が一番深い)に建設されています。大半が単線トンネルにより建設され、平均駅間距離は1500mです。

駅名は、地名ではなくて、北朝鮮の革命思想のテーマにちなんで名づけられており、このような事例は世界でも例がありません。地下駅は大きな壁画やシャンデリアで飾られ、大理石も使用されている。主に革命指導に関する壁画が飾られており、これらは人民に対するイデオロギー及び文化教育の目的も兼ねています。
最初の車両は中国の長春車両工場製(DK4型)で、1972年から1973年にかけて納入、使用されていましたが、1996年から1997年にかけてベルリン地下鉄のGI型(1978年~1982年製)、さらに1998年にはベルリン地下鉄のD型(1957年~1965年製)中古車両を導入しています。現在は、3両編成で運行されています

0 件のコメント: